16番 (1/80 G=16.5mm)
HO (1/87 G=16.5mm)
京急デハ230系 鉄道模型Models IMON



■京急デハ230系3輌セット (デハ230奇数車+サハ280+デハ230偶数車)

■デハ230形単品は、 奇数車、偶数車の2種で、セットと異なるナンバーで 予定いたしております。
色は3輌セットと同じ色で、デハ+デハや、3M1Tの大師線が実現可能と なります。

■サハ280形単品(16番のみの発売)
天賞堂特製品(アダチ製キットベース)「デハ230奇数車+ デハ230偶数車」の鮮やかな赤色に合わせた色となっています。

京急デハ230形
左:16番(1/80 G=16.5mm)  右:HO(1/87 G=16.5mm)

価格表
16番3輌セット ¥238,000(本体価格)
16番デハ230単品 (予価) ¥85,000(本体価格)
16番サハ280単品 ¥70,000(本体価格)
HO3輌セット ¥238,000(本体価格)
HOデハ230単品 (予価) ¥85,000(本体価格)


京急 デハ230形・サハ280形

大きな窓の伝統を築いた、小さき名車230系一族
 大師電鉄からスタートした京濱電鉄は、高い理想と更なる路線延長を 目論んで湘南電鉄を設立しました。 その昭和5年の開業に際して製造したのがデ1形です。 車体は小さいけれど標準軌で2ドアセミクロスシート、パンタグラフ ウェスチングハウスの密連装備のハイテク電車で、当初より京濱電鉄へ の乗り入れを想定して600Vと1500Vの複電圧仕様でした。
 1435mm標準軌で開業しながら東京市電の高輪(品川)に乗り入れる ため1372mmに改軌していた京濱電鉄でも、再び標準軌に改軌して 湘南電鉄に乗り入れるため昭和7年デ1形と同型、 1372mm軌間の長軸車輪を履いた複電圧車デ71形を製造しました。
 標準軌での京濱〜湘南の直通運転が始まり、昭和11年 に京濱電鉄がデ71形から続き番号で増備したデ83形は ヘッドライトがオデコから屋根に上がり、 そのオデコには通風口が開いてロングシートになりました。 湘南の増備車デ26形も同型です。
 昭和15年京濱電鉄は、600V区間専用に混雑緩和目的で 3つドアのデ101形を8輌製造しました。 ここまでが230系一族で、以後は車体が大型化します。
 大東亜戦争のため東京急行電鉄として統合されていた関東の大手私鉄は 戦後独立しました。京浜急行電鉄も昭和23年6月成立、 大東急時代に統合改番されていた番号の千の桁の五を外し、 デハ230形52輌とクハ350形11輌となりました。 クハ350形は電装を失った戦災復旧車輌で、旧デ101形全車 =3つドア8輌と2つドア28、80、94の3輌です。
 昭和26年大師線を最後に京急全線の1500V化が完成、 デハ230形は複電圧構造を解消、 クハ350形の3つドア車のうち4輌は一時再電装され デハ290形となり、クハ120、140形と2連で穴守線(後の空港線) 大師線に活躍しました。
 昭和38年5月〜昭和39年9月更新時に デハ230形は偶数車のパンタグラフを品川寄りに移設、 片運全室運転台に改造され、クハ350形とデハ290形と 少数のデハ230はやはり片運全室運転台に改造されてクハ280となり、 Mc−McとMc−Tcに2輌編成化されていきました。正面窓は固定、 アルミサッシとなり、連結器も他系列車と連結可能なものに交換され、 取付位置が高くなった分アンチクライマーを切って顔つきが変わりました。 Mc−Mcは本線で使用、大師線の閑散時はMc−Tcその朝夕はMc− Tc+Tc−Mc、空港線はMc−Tc+Mcで使用されました。
 常に街中を高速で駆け抜ける京急は、事故の際に車を弾き飛ばせるように 先頭車を電動車にする方針ですのでクハを嫌い、やがて 昭和45年、先頭に出ることも無くなった クハ280は大きな改造もされずにサハ280形となって、 京急最後のクハが消滅しました。
 昭和53年、230系一族は3M1Tで運転されていた大師線を 最後に引退しました。琴電へ譲渡され更に長く生き残った車輌もあります。
 模型は3つドアのサハ280をデハ230が挟んだ空港線で見られた 3連ですが、 サハ280の運転台跡の非貫通部分に接する片運デハ230の連結面側 には貫通塞ぎ扉が付いていました。デハでは奇数車は浦賀向き、偶数車は 品川向きですが、クハ、サハではそれが逆になりますので、250−288 が貫通路で繋がっていました。


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Models IMON // 2005.4.7